『不況は人災です!』訂正のお知らせです

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 7月12日エントリーのコメント欄で、『不況は人災です!』第1章図1-4の自殺率データについて、年齢調整死亡率を使った方が適切であるとのコメントを下さったwlkskさんから、その詳しい資料のご教示をいただいています。
本ブログに掲載していいとのことでしたので、以下に掲載いたします。

 本書では、読者のわかりやすさ、アクセスしやすさを優先して、なるべく加工しない最も単純なデータをお示ししております。

 もっと詳しい分析がなされることは望ましいことですので、ご教示感謝いたします。
本書をきっかけに、この問題について興味を持たれた読者は、是非この資料を参考にされて下さい。

 なおwlkskさんによれば、本書第1章の註15にあげた、失業率と自殺率との相関を示した詳しい研究(本ブログで直接リンクあり)は、年齢調整とトレンド除去を行っています。

松尾匡


****(以下、wlkskさんからいただいたメールの引用)******

◆ 年齢調整死亡率について
年次比較する際に年齢調整が必要な理由は次の通りです。

 高齢者ほど自殺死亡率が高い。
→集団に高齢者が多いほど集団の自殺死亡率が高くなる。
→日本は高齢化が進んでいるので、自殺の粗い死亡率には高齢化による上昇トレンドが入ってしまう。

年次比較には性別年齢階級別データを使うか、データを縮約するには年齢調整死亡率を使い、年齢調整死亡率が作れない場合は標準化死亡比を使います。
詳しくは保健統計・疫学の教科書をご覧下さい。

日本の女子の場合、粗死亡率は水平トレンドですが、年齢調整して高齢化による上昇トレンドを除くと下降トレンドになります(下にいくつか資料URLを付けます)。
(なお、下にURLを挙げたSocio-Economic Studies on Suicide: A Surveyを見たら標準化したデータを使った研究の方が少ないようですが。)

◆ 『不況は人災です!』p.17の叙述について
「ちなみに、失業率が低下した二〇〇四年から〇八年までの間に中高年男性の自殺は減ったのにグラフ上では目立った減少は見られないのは、三〇代後半から四〇代前半の男性の自殺者が増加したからです。
この人たちの失業率もこの時期は低下していたので、これは、いわゆるワーキングプアの人たちの高齢化によるものではないかと推測しています。」

数値を確認しましたが、二〇〇四年から〇八年までの間に三〇代後半から四〇代前半の男性の自殺者数は増加で自殺死亡率は減少しています。これはこの年齢階級の人口が増えたためです。
この場合は数ではなく率の増減を見るのが妥当だと思います。

10歳階級での数値は次の通り
男年齢階級別自殺者数
西暦, 35-44歳
2004, 3248
2008, 3458
2004-2008の変化, +210

男年齢階級別自殺死亡率(10万人当たり)
西暦, 35-44歳
2004, 39.62
2008, 38.67
2004-2008の変化, -0.95

男年齢階級別人口
西暦, 35-44歳
2004, 8198000
2008, 8942000
2004-2008の変化, +744000

5歳階級での数値は次の通り
男年齢階級別自殺者数
西暦, 35-39歳, 40-44歳
2004, 1517, 1731
2008, 1713, 1745
2004-2008の変化, +196, -14

男年齢階級別自殺死亡率(10万人当たり)
西暦, 35-39歳, 40-44歳
2004, 35.4, 44.2
2008, 35.9, 41.9
2004-2008の変化, +0.5, -2.3

男年齢階級別推計人口
西暦, 35-39歳, 40-44歳
2004, 4284000, 3914000
2008, 4775000, 4167000
2004-2008の変化, 491000, 253000

なお、年齢調整しない数値なのであくまで参考ですが、

男年齢階級別自殺者数/全年齢推計人口(10万人当たり)
西暦, 10-34歳, 35-44歳, 45-59歳, 60歳以上, 総数(年齢不詳を除く)
2004, 6.39, 5.27, 12.77, 10.89, 35.32
2008, 6.57, 5.63, 10.81, 11.84, 34.84
2004-2008の変化, +0.18, +0.36, -1.96, +0.95, -0.48

中高年(45-59歳)の変化-1.96<総数の変化-0.48なのは確かですが、仮に数値の大きさで主因を求めるなら+0.36の35-44歳よりは+0.95の60歳以上の方になるのではないでしょうか。


◆ 参考資料

性別年齢階級別自殺者数、性別年齢階級別自殺死亡率
第2表 性・年齢(5歳階級)別の自殺の年次推移:自殺死亡数、死亡率 1950年〜2007年


H20性・年齢(5歳階級)別の自殺死亡率



第1章 我が国の自殺の現状
4 年齢階級別の自殺の状況
(年齢階級別の自殺者数・自殺死亡率の推移のグラフ付)



2004推計人口


2008推計人口
付表


Socio-Economic Studies on Suicide: A Survey
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/cirje/research/dp/2009/2009cf629.pdf
p.34
Table 1 A Summary of Existing Studies: Dataset and Dependent Variables
p.36
Table 2 A Summary of Existing Studies: Estimation Results (continued.)
(unemploymentとmale/femaleの相関は+もあり-もあり。)


02/08/07 自殺防止対策有識者懇談会(第5回)議事録


「 その結果を見てみると、ゆとりのないと答える人の割合が高ければ高いほど自殺率が高くなるというような結果が出ています。ただし、ここで失業率などが説明変数に入っていないのは有意な推定結果が出なかったからです。」
「こういうふうに3年前のストレスを感じている人の割合の増加が今の自殺者数の増加を説明するという因果のルートを組み込んだ回帰分析をすると、失業率というのは単純に正の相関を示さないということになります。」
「それではまとめましょう。失業率の係数は正ですが、統計的には有意ではありませんでした。ある場合にはマイナスにもなります。これに対して、ストレスすべて、いずれか一つの種類のストレスを感じている場合については統計的に有意な正の係数を示しています。」


自殺の発生病理と人口構造
「図7. 先進諸国男女における自殺の年齢調整死亡率(基準人口:1990年ヨーロッパ人口) 左図:男子,右図:女子」
「明確な自殺対策を実施していなかった我が国においても,長期的にみれば,女子の自殺の年齢調整死亡率は顕著に低下している.この低下の原因を探ることが,自殺対策の施策形成に資すると考えられる.
 ドイツとスウェーデンでは,男女ともある時期以降,自殺の年齢調整死亡率が漸次減少している.
この原因解明も自殺対策立案に寄与するものと考えられる.
 我が国における女子の年齢調整死亡率の長期トレンドにおける低下という事実は,社会基盤の強化が進めば,自殺などしないで踏みこたえるだけの強さやゆとりが社会の中に生まれ,その結果として男子でも自殺死亡率が低下するという可能性があることを示唆しているのではないだろうか.」


AN ECONOMIC INTERPRETATION OF SUICIDE CYCLES IN JAPAN

p.4(女子で相関は正ではない)
"However, the male suicide rate shows a distinctive upward trend, whereas the female rate has been declining (Figure 2). The female suicide rate is not positively correlated with the unemployment rate."
p.15(女子で相関は負)
"Introducing de-trended variables causes sweeping changes in the estimates of the female suicide rate. When the variables are not de-trended, the coefficient of unemployment rate is negative and insignificant."
p.13(年齢調整死亡率の使用)
"To control for the influence of the changing distribution of age groups on suicide rates, the age-adjusted suicide rates based on the population of 1986 are used."


自殺対策のための自殺死亡の地域統計(作成者:統計数理研究所 藤田利治)

年齢調整死亡率、標準化死亡比等データ


用語説明

「年齢調整死亡率:」
「死亡率は年齢によって異なることから、死亡率の年次推移や地域間比較を行う場合などには集団の年齢構成の違いの影響を制御する必要がある。年齢調整死亡率は観察集団の年齢階級別死亡率が基準人口で起きた場合の死亡率であり、年齢構成を基準人口のものに揃えることによって比較する集団間の年齢構成の違いの影響が制御されている指標である。」